(第8話)床下防虫業者との攻防

【叩くとホコリが止まらない】

慣れ親しんだマンションを出て実家に引っ越すにあたり、荷物の整理や移動の他にも、やらなければならない実務は色々あった。その一つが、固定電話の番号の一本化だ。
普通に考えれば、実家に入るのだから実家の番号に統一して、住所と電話番号が変わった旨を知人にハガキやメールで知らせればいい。

だが、そうするべきか悩む部分があった。理由は、ハハが数件の詐欺に遭っていたことだ。土地の押し売りや、シロアリ駆除だけではない。実家に頻繁に行くようになって分かったのだが、浴室の壁に、正体不明の機械が一つ増えていた

「これなあに?」
「あー、それね、雨の日でも風呂場で洗濯物が乾燥できるのよ!それだけじゃなくて、サウナにもなるの!」
「はい?なにそれ、いつのまに付けたの!?」

調べてみると、設置されたそのエアコンのような機械からは壁をぶち抜いて屋外にダクトが伸びており、その先にガス給湯器が据え付けられていた。「ミストサウナ付き浴室暖房乾燥機」と呼ばれるもので、配管から工事する必要があるので、どう考えても費用はそうとう高額なはずだ。

ハハが、自分で浴室乾燥機の必要性を感じて業者を呼んだとは到底思えない。おそらく、「ガス給湯設備の点検」と称して入り込んできた怪しい業者が、言葉巧みにメリットを吹き込んで、なし崩し的に必要もないミストサウナを売りつけたに違いなかった。

ご多分に漏れず、ハハはこの件についても、誰がいつ設置していったかを覚えておらず、そのあたりのことを訪ねるとシドロモドロで、最終的には「必要だから付けたんです!」と機嫌が悪くなった(あとで発見した発注書によれば、費用はこれまた7桁万円台だった)。

【着信履歴から分かること】

一事が万事こんな調子だったので、同居が始まったタイミングで、僕は実家の固定電話に残された着信履歴を調べてみた。
驚いたことに、たくさん入っていた着信のほとんどが、03と06から始まる番号…つまり東京と大阪からのものだった

それらをすべてメモに書き出しパソコンで検索してみると、案の定「迷惑電話」「詐欺電話」としてヒットした。やっぱりか。ハハは、すでに全国ネットで詐欺師様御一行にロックオンされていたのだ。
(ちなみに、この可能性に思い至って僕と嫁氏が最初に行ったのは、家の周囲の検査だ。俗に、詐欺師に目をつけられた家は、彼らにしかわからないような符丁(マーク)を玄関周りに付けられてると言われているので、まっ先にそういうものがないか疑ったのだ。だが、どんなに目を皿のようにして探しても、そのようなものは見つけることが出来なかった。)

さて、住所を知られている以上、僕と嫁氏の留守中に突撃された場合、ハハを怪しい輩から守るすべはない。だが問題を放置しておくわけにも行かないので、まずはやれることからやろうということで、NTTに事情を話して実家の固定電話の番号を変更してもらい、ついでに、ガラケーだったハハの携帯電話をスマホに換え、新規契約にしてこちらも新たな番号を取得した。これで直電は阻止できるし、新たに登録しなおした知人以外から電話があった際に発見しやすい

はたして、わずか一月半後に、この対策が功を奏する事になる。
ある日、仕事から帰ると、物忘れが激しいハハのために壁に設置した伝言板に、奇妙な書き込みを発見した。見知らぬ名前と、携帯の電話番号だ。その筆跡は、ハハのものではなかった

「母さん、今日誰かお客さん来たの?」
「え?えーと…そうね、来たかも…」

誰かが家に上がり込んだのは間違いなかったが、ハハの返事は要領を得ない。嫌な予感がして、固定電話の履歴を見たら、ボードに書かれたのと同じ番号が出てきた。奇妙だったのは、それが着信ではなく、発信履歴だというところ
(あっ。そういうことか)
背筋が寒くなった。コイツは、おそらく「ちょっと電話をお借りしていいですか?」とかなんとか言って自分の携帯に電話をかけ、固定電話の番号をゲットしたのだ。

すると、ハハが今頃になって、追加情報を打ち明け始めた。

「あ、あのね、相談しようと思ってたんだけど…業者さんが直接訪ねてきて、ウチの床下が腐ってるから修理しないかと言われて。これが見積もりなんだけど」

出た。出ましたよ。やっぱりそういう話か…。
見積書を見ると、どこかで見たような名前が書いてあった。そう、以前250万円で床下を改修するという見積書を置いていった、あの業者だ。

 

今回の内容は、総額27万円だったのでだいぶスケールダウンしてはいるが、内容は相変わらずひどかった。中でも「クモの巣除去 20000円」という項目には、思わず吹き出した。

【床下防虫業者とのバトル】

ただ、笑ってばかりもいられなかった。というのも、カレンダーに施行日が書き込まれているのを発見したからだ。しかも日付は明日だ。またこのなし崩しパターンか!やる気満々じゃないか。

そこで、この業者に連絡してクーリングオフしようと思い電話をかけたのだが、何度かけても出ない。なるほど、キャンセルさせないように施工当日まで電話に出ない作戦のようだ。
仕方がないので、クーリングオフを宣言する文書を作成して、見積書に記載してある住所に突撃し、直接手渡しすることにした。車のナビを頼りに探しだした場所は、都心から少し外れたところに建っているごく普通のマンションの一室だった。呼び鈴を押すが、反応がない。留守のようだ。
さすがに帰ってくるまで待つ気にはなれず、ポストに文書を突っ込んで帰ることにした。帰宅後にもう一度電話すると、今度は留守電になったので、書面と同じ内容の伝言を残した。

念のため、施行日当日は会社を休んで待ち構えていたが、夜になっても、くだんの業者がやって来ることはなかった。これで乗り切ったか?と思っていたのだが、翌朝、ハハの携帯に登録のない番号から電話が入った。
実は数日前に、ハハの古いガラケーの着信履歴を総チェックして、その中で「これは怪しそう」という番号をいくつかピックアップしておいたのだが、その中のひとつからかかってきたので、もしやと思ってハハの代わりに出てみた。

「もしもし」
「もしもし…あれ?この電話はハハさんの携帯ではありませんか?」
「そうですよ。いま本人が席を外しているので代わりに出ました。どちら様ですか?」
「あ、わたくし株式会社◯◯のSと申します」

ビンゴ。くだんの床下防虫業者だった。

「どういったご用件でしょうか」
「ハハ様から、夏頃になったらエアコンの掃除を頼みたいから電話してくれと言われていたので電話しました」

ほほう。そう来たか。

「きのう床下防虫の工事をお断りしたばかりですが」
「えっ?それは何の話でしょうか…」
「Aさんというのはおたくの社長でしょう?」
「そうです」
「そのAさんが営業をかけてきた件ですよ。それを断ったという話です。ご存じないんですか?」
「えっ…いや…ちょっと社長に確認取ります(ガチャ)」

いやはや、なかなか食らいついたら離れないものだ。さすがにこれ以上のやり取りは面倒なので、固定電話はコードを引っこ抜いて鳴らないようにした。まったく、手間を掛けさせるやつらだ。
家族にバレた上にクーリングオフまでされたので、さすがにこの家からはもう搾り取れないと判断したのか、それ以降、この業者からのアプローチはぱったりと途絶えた。

このようなことが続いたため、自分たちが留守中に直接自宅にやってくる悪徳業者から100%ハハをガードするのは不可能に近いと感じた僕たちは、別の手を打つ必要性を感じた。後見制度を利用することだ
第9話につづく)(一つ前の話に戻る


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